【第1話】ブログの収益化って簡単?難しい?ブログに初めて出会った1999年からの軌跡

当サイト運営者のPIPICO(ぴぴこ)さんです*^^*

PIPICOさんストーリーの【第1話】にアクセスしてくださり、ありがとうございます♪

今回の記事では、まずPIPICOさんが初めて『ブログ』というものに出会った1999年当時のことを、少し回想シーンを入れながら「インターネット上に日記を書くことが、巡り巡って仕事になる」「ネットMLMの世界に辿り着く」ところまで、具体的にどんな過程を歩んで来たのかをご紹介したいと思います。

 

「このブログって、ネットMLMの集客方法のことを書いているんじゃなかったの?」

 

と思われた方もいらっしゃるかもしれませんよね^^;;;

はい、確かにトップページなどでも大きく書いているように、セールスを一切しないセールス手法でネットMLMのオンライン集客をしていくやり方を、各所で書き綴っています。

でも、そもそもなぜ普通なら表立って手を出さなそうな(?)ネットワークビジネスに、さらにPIPICOさんのような昭和生まれの世代の方々にとっては、比較的苦手な人も多いインターネットまで組み合わせちゃったのか?という、、、謎の流れをですね、たまに話す機会があったので、せっかくなら話していた内容を文章にしてみたら、興味を持って読んでくださる方もいるかな?と思ったからなのです(自己顕示欲というやつです)

この記事を書いている現時点で、例えば銀行口座開設時に選択しないといけない自身の職業が、既存の選択肢の中には一切出て来ないような職業をやっていると自分では感じているので、言ってしまえば、ブロガーでありネットワーカーである生き方はかなり特殊なんじゃないかと、一般社会に時々出て必要に迫られて書く書類から悟ったものです。

ちなみに、職業名に関しては、最大限に拡大解釈して、「情報通信業」と銀行口座の新規開設時等には選んでいるPIPICOさんですね(*´Д`)

合っているのかどうかは、わかりませんw

が、月星座がみずがめ座なので、「まあ、、、フロンティアすぎるくらいがちょうどいいかな♪そんな自分のことが好きだな♪」と自然と思ってニヤニヤしちゃうタイプなんですよね(遠い目)

 

話を戻しましょう(≧◇≦)

 

冒頭から暴走しかけてしまいましたが、「20代と30代のまるっと20年間はジェットコースターのような人生を歩んで来たために、最終的にネットMLMに辿り着いた」という20年間の実体験を、連載ストーリー形式で面白おかしく書き綴ることで、読んでくださるあなたにこういう時代だからこそちょっとでも楽しんでいただけたら、PIPICOさんの20年間もほどよく熟成されて社会のお役に立ててよかったな、、、という所存です(?)

 

ちなみに、ブログ集客・ネット集客はコツさえつかめば簡単です!

でも、収益化できるフレームという思考や知識、そして、「売りたいものと売れるものの微差」を学びながら実践することがとても大事ですので、そのヒントもストーリーの中で散りばめていこうと思います♪

また、昭和後半生まれの同年代の方には、懐かしい単語が出てくるのではないかと思います。

どうぞよろしくお願いいたします♪*^^*

 

※追伸※
通常連載ストーリーは、小説タッチな書き方をしているのですが、本作品の序盤は若干エッセイ調にPIPICOさんの言葉で綴られています。

なぜそうなったのか?というと、インターネット集客を徹底的に学んでいた期間は、精神と時の部屋で修行していたかのごとく、「ネットが友達♪」状態だったため、あまり人と会話していなかったんです^^;;;

でも、ストーリー全編を通して、途中からは徐々に小説タッチに切り替わっていくので、その変化も楽しみながら読んでいただけると嬉しいです*^^*

 

 

連載ストーリー「ネットとネットワークビジネスと私」

【第1話】ブログの収益化って簡単?難しい?ブログに初めて出会った1999年からの軌跡

時は1999年10月。

 

もう「今から何年前」という単位じゃなくて、「今から何十年前」という領域になってしまうのですが(笑)、、、それは1999年10月、千葉大学1年生の後期の授業が始まってまもなくの頃でした。

当時付き合っていた人がいて、その人のニックネームを仮に “ヨン様” と呼んでおきましょうか(≧◇≦)

そのヨン様がめちゃくちゃ新しい物が好きな性格で、iBook G3 初代のクラムシェル型(ブルーベリー色)という、近未来的なデザインのマックのラップトップを発売日に手に入れるような人だったのです。

そして、真新しいパソコンでシゲちゃんが何をしたのか?というと、そうです、これまた同じ年の6月から運営を開始していたブログサービスの「さるさる日記」に即登録をしたのです。

私はというと、右も左もわからないまま、大学入学時に案内が入った「学生生活でもパソコンはあった方が便利」といううたい文句に促されて、富士通のノートパソコンを両親に買ってもらっていたので、誘われるままに一緒にさるさる日記でブログを書き始めた、というのがPIPICOさんがブログに触れた最初のきっかけでした。

当時、学生割引で買ってもノートパソコンは20万円以上はかかっていてめちゃくちゃ高級品でしたから、大学入学費用のみならず新しいデバイスも買い揃えてくれた両親にとても感謝してます。

まだdocomoなどの各種携帯電話会社のネット通信に関しては、確か、imodeが出たばかりの頃だったと記憶していまして、携帯電話で撮った写真は画素数が低すぎて使い物にならなかった上にデジタル写真のメール送信もままならないような状態でしたし、デジカメもまだまだ高価な頃でしたので、ブログでは「これまで書いてきたアナログな日記をデジタル文書に移行した」というくらいの文章だけでさらっと書く気軽な感覚でした。

そのため、私から積極的にブログを書こうという気持ちは全くなくて、ヨン様に毎日押されまくったからなんですよね(遠い目)
※このハンドルネーム、いいなぁ・・・w

例えば、ある日ヨン様と学食で話していると、

 

「あのさ、PIPICOちゃん、先週ランチに行った稲毛駅前のイタリアンのことをブログに一緒に書こうよ」

「・・・(あまり乗り気じゃないが)ヨン様が言うなら・・・そうだねぇ」

 

という感じで、ブログに書く内容も企画立案を全部ヨン様がやってくれていました^^;;;

今のPIPICOさんのことを知っている読者の方からするとドン引きな・・・自分軸も何もあったものじゃないのですが、彼のブログに対する並々ならぬ謎の意欲に半ば流される形で、まず定期的にブログを書くという習慣を徐々にこの頃身に付けていくのでした。

そもそもの話。

千葉大学に入学できたのは学力が良かったからではなく、後期試験で運良く過去問に一度も出題したことがないような『超エッセイテイストな内容』が課題となった小論文の科目のみで合格しただけだったこともあり、エッセイ調の文章を書くことが、

 

(もしかして、私向いているのかも♪)

 

とちょっぴり自信がついていた時期でもありました。

それゆえに、だんだんとブログを書くことも、ヨン様から声をかけられたから書くという感じではなく、少しずつですが自分でテーマを決めて楽しく書いてみようとチャレンジし始めるのでした。懐

結果的には、大学在学中のうちは、ひたすらエッセイを書く練習をブログでやって、友人に読んでもらって感想をもらったり、覚えたての「アクセスカウンターの設置」というものをやってみて、どのくらい自分の日記にアクセスが起きているのかを計測するなどの習慣も身に付けることができました。

若気の至りあるあるな “めっちゃ大人の階段のぼりたくて背伸びをしている感” が私の書いていたさるさる日記には充満していて、ホント今振り返ると幼すぎて笑えるのですが、

 

「本格的なインドカレー屋さんに初めて行ってみたら、ナンが大きくてびっくりしたけど美味しくて全部食べれた話」とか

「房総半島の内房エリアにある神社にデートに行ったという報告」とか

「お気に入りのカクテルはピニャコラーダとジャックターなんです」とか

 

という “リア充をこじらせた内容” でした(謝罪会見レベル)

なぜこんな感じで、ブログ内で背伸び感マシマシで自己PRしていたのか?というと、それには理由がありました。

文章を書くことが仕事になっている職業と言えば、当時は小説家やエッセイストくらいしか私は知らなかったので、さるさる日記をコツコツ書きながら、

 

「このブログって趣味に留めておくんじゃなくて、文章を書くことでお金を稼げたらいいなぁ

 

と素朴に気づいたことがあって、でもどうやって小説家やエッセイストになったらいいかわからなかったので、「とにかく書いてみよう」という猪突猛進な感じだったからですw

まーーー、若気の至りと怖いものなさで行動することの破壊力と言ったらもう(;´Д`)

自分で試行錯誤することはとてもいいことですが、アラフォーになって過去を振り返るとさすがに恥ずかしいですねwww

しかしながら、大学も卒業間近になると卒業後に進む仕事に対する『価値観の違い』という芸能人みたいな(?)理由でヨン様とは別れることになり、その結果、ヨン様からもらっていた指輪も思い出の写真もとにかく全部処分しちゃったので、その勢いで一緒に書いていたさるさる日記のアカウントも解約&全消去したPIPICOさんでした(≧◇≦)

若気の至りオンパレードですよねぇぇぇ(遠い目)

ただ、全くインターネットやブログの知識がなかった私は、ibookを発売日当日に買っちゃうような元彼のおかげで、かなり早い段階でインターネットの世界に慣れてブログを書くことも習慣化できたので、感謝の気持ちです。

 

話を戻しましょう*^^*

 

さるさる日記を解約後、時を前後して今度は当時は紹介制度で徐々にすそ野を広げていたmixiを、高校時代の親友から紹介してもらい登録しました。

最近なら、クラブハウスという音声SNSも紹介制を導入していることで若干話題になっていましたが、mixiもあの頃はホントそういう感じで、オンライン上の仮想空間が人とのコミュニケーションを取れる特別感がある場所になりつつあった時期でもあったと記憶しています。

そこで再びコツコツとブログを書き始めて、さるさる日記にはSNS的な要素は1999年前後の創業期はほとんどなかったと思うのですが、mixiにはマイミクという機能が当初からあってSNSとしての要素を駆使して、『オンライン上で友達を作る』というこれまでの文化にはなかったアクティビティを楽しむことになります。

 

  1. ブログを通して、
  2. 新しい友達を見つけて、
  3. コミュニケーションを取る

 

これは本当に面白いな、と思ってちょうど社会人になった2003年くらいから、新社会人として仕事に挑戦して慣れない中で顔晴っている中で、mixiでブログを書くことはこの頃の私にとっては収益化を意識するよりも、書くことが癒しの時間になっていました。

なぜなら、仕事が結構時間に追われる仕事だったので、午前中と午後で「うおおおおおおお(;´Д`)」と怒涛の伝票整理に走り、仕事の締めは売上計算などもしていたので、毎日のミスをなるべく減らすことが仕事の効率化だと徐々にわかっていったので、自分の行動を整理整頓して、

  1. 仕事でどういう行動がよかったのか?
  2. 仕事でどういう行動が改善点だと思ったのか?またそれはどうすればいいのか?
  3. 仕事ばっかりじゃもったいないので趣味の分野も探してみよう

というようなことを、とにかく仕事が終わってからでもmixiを開いて、ブログに書き出すことでおぼろげながらもPDCAサイクルをなんとなぁく回して、仕事のやりがいをブログ執筆の中で発掘していたのです。

学生時代の友達との関わりも、リアルじゃお互いの会社の休みが合わないということで、mixiのブログに設置されたコメント等で交流しながら楽しんでいたわけです。

大食いアイドルが、10人前くらいの海鮮丼を食べていて、途中で味変(あじへん)のためにアツアツのロースカツを頼む、、、みたいに、新社会人生活もメインの仕事は伝票打ちでうおおおおおってキーボードを叩きつつも、同じキーボードを叩くのでもブログだと味変になって癒しの時間になるという、ほんっと、『ブロガーとして書き続けることが楽しい』という感覚を新社会人時代に養っていたのかな?、と今では思っています。

話が急に飛ぶように感じるかもしれませんが・・・わずか4年間の社会人生活のうちに、、、結婚することになりますw

当時いわゆる寿退社をしまして、婚姻届けを出しに行った日、市役所の前に車を停めて婚姻届けの紙をそのまま自分の手に持っていたのですが、市役所の建物に入る前に婚姻届けの紙がどういうわけか強風にあおられて3メートルくらい吹き飛ばされてしまいました(遠い目)

慌てて拾ったので、事なきを得たのですが^^;;;

しかもその後に、元夫(※ハンドルネームをポポタンに決定)とはお食事に行ったのですが、、、行った先で元夫側の結婚指輪を紛失するという、そもそもその結婚が前途多難である前兆がめっちゃ出ていたのは今では懐かしい思い出です(≧◇≦)

 

もう1度、話を戻しましょうw

結婚生活の中で、そしてmixiという不思議なインターネットの世界の中で、徐々に「ブログ収益化について真剣に考える出来事」が起きます。

具体的には、娘のリリコちゃんが無事に生まれて育児をしている中で、当時住んでいたところは最寄のJR駅まで行くのにも車で30分もかかるところだったのと、私の産後の体調があまり良くなかったので、1歳になる手前の娘をチャイルドシートに乗せて、車で30分間も運転することも少し大変な時期でもありました。

そうすると、ほとんど毎日自宅で過ごすか、近所を少し散歩するかという生活で、社会から隔離されているような感覚に陥ります。

それはちょっとした恐怖で、

 

「このまま子育てだけしていても、世界が狭くなってしまい、リリコちゃんにとっても良くないし、私にも良くない」

 

と徐々に感じるようになります。

そんな時に、mixiというSNSの存在は私にとってはとても大きくて、体調が悪くて近所でママ友を作ることもあまりできなかった分、毎日mixiで育児ブログを書いたり誰かの投稿にコメントしたりする時間は、私にとっては独身時代以上にアミューズメントで楽しい時間になっていきました。

どこにも遊びに行けなくても、ネットの世界で誰かと関われることがこんなにしあわせなのか、、、と結婚生活のしあわせよりも、ネット上で新しくできた友達(マイミク)とコミュニケーションを取れることの方が、日々の中で比重が大きくなっていきました。

そのため、

 

「ネットで知り合った人と気軽に会うなんて、大丈夫なのか」

 

と元夫のポポタンには何度か言われるのですが、私は純粋に楽しかったので、mixiを辞めることはありませんでした。

このあたりでもう、徐々に夫婦関係に亀裂が入るというか、、、生活リズムが全然違う状態になっていたので、離婚の前兆がじーわじわじわ・・・と出てきます^^;;;

となると、次に考えたことは、リリコちゃんを連れて万が一離婚することになるとしたら、やはりしっかりとした経済基盤を作っておいた方がいいな、という女の勘に起因する発想です。

でも、産後の肥立ちが良くなかったこともあり、保育園にリリコちゃんを預けていきなり正社員の仕事に復帰する、というのは体力的にハードルがあまりにも高すぎました。

それに、田舎の環境のいいところに住んでいたので、会社まで通勤するとなると、家を出てから15分くらいかけて保育園に行き、娘をそこに預けてから車で20分~30分以上さらに移動して、ようやく会社が点在する地帯に到達できるような感じでした。

そのため、体力と時間の双方の限界値を感じてしまい、

 

「携帯(当時はガラケー)やパソコンで自宅で仕事ができる世界があったら嬉しいな、特にずっと続けているブログを書いて何かしらの商売を組み合わせて、収益化できたら嬉しいな~」

 

と思うようになっていったのは、PIPICOさんにとってはとても自然な流れだったようにも思います。

ところが、時を同じくして束の間の憩いの場、育児日記をアップして楽しんでいたmixi上で、とある事件が勃発します。

今で言う「炎上」というやつですね。

特定の趣味で集まっているmixi内の掲示板があり、そこに参加している方々と、特定の話題で盛り上がってチャットを楽しんでいました。

しかもピクシブが出始めた頃だったので、その特定の話題に参加している方々の中には、mixiとピクシブを連動させている絵描きさんがとても多かったのです。

しかし、特定のチャットに参加している方々の認識としては、プロ級の絵を描いてもそれは無料提供であることが前提で、「有料なんてもってのほか」という風潮がなんとなぁく流れていました。

日本社会でよくある、同調圧力みたいなものが、ネット上でもちらほらと見え隠れして来るのでした。

今でも未熟者ですが、当時はもっと未熟だったPIPICOさんは、そういう同調圧力が嫌になり、うっかり本音を言っちゃったんです(;´Д`)爆

その同調圧力はどうなのさ、的な発言ですね。

『金持ち喧嘩せず』ですから、当時の私は自分の好みというか、ちょっとそれどうなんだろうという気持ちは、心の中にしまって涼やかにスルーすべきだったと、今では思います(反省)

しかし、当時は私の発言をきっかけにチャットが大荒れになりまして^^;;;

結果的にはチャット板は解散、ミクシィ上で知り合った方々のうち一部の方とは、当時出始めていたfacebookの方に交流場所を移行するなど、かなりの事件(?)になってしまいました。

反省すべき点は自分に100%の手痛い経験でしたが、今振り返ると気づきがものすごく大きくて、ターニングポイントにもなりましたので、そこでネットの世界で生きていくことにくじけなくてよかったな、と思っています*^^*

今回の経験により、SNS機能がついている無料ブログ上だけで、横並びでブログを書きながらいても、発展はないかもしれないと思うようになりました。

また、同調圧力のようなものがあると、何かしらの商売をmixiという媒体上で専業主婦という立場でやっていくのは難しいのではないか?とも考えるようになります。

この時が2010年~2011年頃だったと思います。

リリコちゃんは1歳になりたての頃で、mixiは本当に楽しかったけど、このままこの世界にずっといたら、ブログで稼ぐ道というのはちょっと難しいかもしれないと気づき、体調もだいぶ回復したこともあって、大きく路線変更をすることになります。

 

 

 

つづく

 

 

追伸

【第1話】を最後までお読みくださり、ありがとうございます♪

PIPICOさんのブロガーストーリー、いかがだったでしょうか。

1999年にブログと出会ってから、一気に約10年分の時間をこの【第1話】に詰め込んでしまいました。

ブログ教室の生徒さんにも話したことがなかった内容を、今回は私のコミュ障な失敗談も含めて、ネットMLMにたどり着く前段階の自分をそのまま書いてみました^^;;;

こんな未熟な私でも、ブログを書くことを続けた結果プロのブロガー&友人に一切声をかけていないネットワーカーになれましたので、本作品を読んでくださっているあなたなら、絶対大丈夫です(≧◇≦)

 

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